令和3年10月  

   苦悩の有情を捨てずして

 *************************************************
 如来の作願(さがん)をたづぬれば 苦悩の有情(うじょう)を捨てずして
 回向(えこう)を首(しゅ=第1)としたまひて  大悲心をば成就せり
  (正像末和讃 浄土真宗聖典註釈版606ページ)
 *************************************************
ご讃題は、ご開山親鸞聖人の正像末和讃の一首であります。阿弥陀様に 背中を向けて、
あさましい自己中心の煩悩をかかえて苦しみ悩んでいるこの「私」をだからこそ見捨てて
おけない、放っておけない、救わずにおれないと 慈悲のお心で阿弥陀さまの方から回向し
(まわって向い)て背を向け逃げる私を救うために真実の世界から「きた」阿弥陀さまなの
です。以前にもお話したことがありますが、ある時、私が散歩していて信号機のある交差
点近くにさしかかって、信号機を見たら青信号から黄色に変わったところでした。ちょうど
その時、私の後ろの方から走ってきた小さな子どもが、私を追い抜かし、信号が黄色か
ら赤に変わろうとするところで、横断歩道を渡ろうとしたのです。その時、後ろから 母親
らしき人が「こら、あぶない!とまれ!」と大きな声をあげました。その声を聞いたとき、子
どもは、ぴたっと立ち止まり、同時に母親は、既に子どものところに走っていき、子どもの
襟首をぐいっとつかまえて放さず、いっしょに青信号まで待って後、子どもは、安心して
渡ることができました。もし、親の声がなかったならば、子どもは、そのままわけが分か
らず交差点に飛び出して、間に合わず交通事故にあっていたかもしれません。また、
飛び出して車に気づき、子どものほうから「たすけて!」と言ってから親が助けに行っても 
もはや間に合いません。先手をかけて我が子を救わずにおれない親心が短い言葉の中
に込められて、子どもに届いた時、子どもは、すでにそのまんまで助かっているのです。
ご開山親鸞聖人は、「地獄は一定(いちじょう)すみか(住み家)ぞかし(地獄は、私の住
み家なのです)」地獄が住み家なら私の力では間に合わない、私の方からは、間に合
わないから、ただ阿弥陀さまの本願力に助けられるばかりですと言われました。
何一つ間に合わないで苦悩している私を《仏かねて知ろしめして》と最初からすでに
見抜かれて、だからこそ見捨てずにおけない救わずにおれないご本願が慈悲のお心で、
今ここで私に働き詰めに働いていらっしゃるのです。阿弥陀さまのひと声に願いのありっ
たけを凝縮して、この「私」に至り届けて下さっているその御恩に朋に感謝のお念仏を
申させて頂きながら日暮らしいたしましょう。

 

                  戻る